ヨイトマケの唄」は、忘れてはならない戦後1ページ。
息子が大学に入って、エンジニアになったところに注目せよ!!!!!
戦後のある時期、親は物欲しいだけで子供を大学に入れたのではない。
それは確実に、生存競争の方法のひとつだった。

ヨイトマケの唄/いとしの銀巴里/人の気も知らないで

ヨイトマケの唄/いとしの銀巴里/人の気も知らないで