今日で卒業だから死にたい

辻加護も今日で卒業と言うことで。
なんか、昨日のコンサートでは辻ちゃんの調子が悪かったらしいんで、無事に最後までやってほしい。そんなことを祈る。


さて、卒業に関してはほとんど感慨はない。
私にとってはミニモニ。活動休止ですべては終わっているから。


むしろ、残された娘。がどうなるのかが心配だ。
寂しいとかそういうことより、先行きのことが心配、という感覚。
五期、六期の方が心配。


ダブルユーに関しては、ほとんど心配はしてません。
心配だとしたらつんくワークスがどうなるかだろう。


思えば、五期が目立てなかったのも辻加護がいたからだ、というのはある。
末っ子キャラの指定席をぶんどっていってしまったからだ。


卒業全般に関する感慨は後に書くことにして、今回は五期との関係について考えてみたい。


辻加護は、「みんなの妹」みたいなイメージだったから、その下に後輩ができる印象というのが想像できなかった。
また、後輩ができたからといって変われるキャラでもなかった。


二人があまりにも特異すぎたから、五期は損をした。
五期加入当初、「下が入ってくるから、いつまでも末っ子キャラはできんだろう」とか言われていたが、二人はそれを貫き通した。
要するに、キャラクターのヴァリエーションとしては辻加護で完結してしまっていたといえる。


これでは下から上がってくるものは入り込みようがない。
五期がくすぶっていた1年は、辻加護が輝き続けた1年でもあった。


五期は、辻加護と同学年か、それに近い年齢が多いということも良くなかった。明確に年下だったらまだ何とかなったのだろうが。


加護はそうでもないが、辻は自分が上の立場になった関係性というのは、対外的には結べないタイプだから。


六期がのびのびやっているのを見ると、選ぶ側が五期とは選定基準を変えてきたという意味も大きかったのだろうが、とにかく辻加護とかぶらないでやっていくためには、五期というワンクッションが必要だったのだろうとわかる。


ただ、世間というのは単純だから、ひとたび辻加護が「子供キャラ」の先鞭を付けてしまうと、後はもう子供として理解しようとしない。
それが五期・六期のむずかしさだと思う。


後は歌やダンスで魅了するか、たとえば石原さとみみたいな不可侵的美少女として売っていくしかないが、どうも事務所側としては「不可侵的美少女」を売るノーハウはあまりないように思える。


まあ、四期加入時に12歳の子供を入れたこと自体が大冒険だったんだよな。


しかし、その後いわゆるハローマゲドンも失敗し、受け手も変化を求めなくなってきているからもうあのような奇跡は起こらないだろう。


そういう意味でも辻加護はこの時点まで伝説。