80年代〜90年代

http://d.hatena.ne.jp/toronei/20050128#G


うーむ、私自身はモーニング娘。というのはすごく新時代的な印象があるんですよねえ。
「アイドル」というカテゴリでくくると、以前にも書きましたが80年代後期のアイドルシーンとバブルっていうのはシンクロしていなくて、むしろ「冬の時代」と呼ばれるような時代が来る。


で、その後に来るのは浜崎・宇多田・鈴木あみ華原朋美といったディーバ(歌姫)の時代。
女性アイドルというのは、対・男性客向けにとぎすました存在なのに対し、浜崎・宇多田・アミーゴ、華原朋美っていうのは女の子も顧客対象にしてた。
個人的には、この時期にもう旧来のアイドル的なものは流行らないだろうな、と思ってました。


モーニング娘。は、私は結成から後藤真希が入るくらいまでの印象としては、まずそれ以前の「歌姫」的なものを志向しつつ、そしてASAYANという番組的には「電波少年」みたいなセミドキュメンタリーを志向しつつ、やってることはおニャン子を連想させたというミックス的存在だったと思っています。
送り手側としては、おニャン子は意識してなかったらしいですが、まあ見るぶんにはそう見えた。


この辺は、「電波少年」とか「ASAYAN」という番組を80年代的ととらえるかどうかで考え方が変わってくるとは思います。
私自身はここら辺は新時代という感じがするんですよね。
元気が出るテレビ」とかと、ネタとマジの境界線が違いますから。
まあ、「元気」も後期は感動路線になっちゃったと記憶してますが、それはもう当時、時代が変わったんだなという印象で。
猿岩石の人気が96年〜97年頃で、娘。が97年デビュー(正確には「愛の種」が97年末で、「モーニングコーヒーが98年)。娘。も、最初期、ファンでも何でもなかった人には印象としては「セミドキュメンタリー番組から出たグループ」っていう印象があったと思う。


じゃあ「うたばん」の80年代性というのはどういう意味なんだ、ということになると思いますが、あくまで私個人の印象としては、「夕やけニャンニャン」とか「オールナイトフジ」的なことをやってるなと。つまり、ぜんぶ悪ふざけの方向に持ってってる。感動には着地させない。
保田の卒業記念とかも、完全にそんな感じでした(あれにある種の感動を覚えた人もいると思うし、それはそれで正しいんですが、番組としてマジにならないという方向性はあったと思う)。


もうひとつ90年代末に登場した80年代的なユニットとしては、「野猿」ですね。こっちもとんねるずがらみ。
あれって、方法論的にはほぼまったくオールナイトフジ的なものの踏襲で、とくにファンでもなかったので細かいチェックはしてませんが、解散時もそんなに、ものすごく感動路線にするみたいなのはなかったと思う。やっぱり悪ふざけの延長戦上なんですよね。それが親しみをもたらしてたし、よくも悪くもなんだけど。


一方、「めちゃイケ」は、私は80年代的なものはあまり持ち合わせていないと思ってるんです。まず、当初は私自身が誤解してたのか、最初からそういう路線だったのかはわかりませんがやっぱりセミドキュメンタリー路線の一種だと思ってました。
少なくとも、「過去に無礼をしてしまった俳優に謝罪に行く」などの企画をやってましたし。
しかし、最近では「岡女」がらみでしか見ませんが、非常に企画力を打ち出した内容になってます。つくり込んでいること、仕込みであることが察せられるけれど、空気としては「バカ女」、「クソ女」なんかは点数自体はマジという設定になってる。
そういう意味で、一周まわった番組であると思ってます。要するに、すべてをおふざけに落とし込む80年代的方法があって、それが飽きられてマジ路線に傾き、さらにそういう方法も包含して現在の「めちゃイケ」ができていると思います。


娘。の話に戻ると、四期が入ることによって方向性が変わり、ドキュメンタリー的な緊張感よりももっと従来のアイドルに近くなる。で、こちらの路線でもそれまでの「歌姫」とは違ったファンをつかんでるし、逃がしてる。ものすごくおおざっぱにわけて、娘。を四期以前、以後に分けるとすると、その前でも後でも、路線は違うけどそれまでのJ-POPの大きな流れとは明らかに違った路線を行っている。そういう意味でも、今日的なグループだなあと、まあ私は思ってます。


ひょうきん族やとんねる世代の芸人は厳しいことになってくるだろうというのは、それもまだ私にはわかんないんですよね。
ただ、テレビではかつてないほど(おそらく80年のマンザイブーム以降初めて)漫才とかコント、しかも極力セットとかは使わないたぐいのものが重視されていることは確か。
ひょうきん族やとんねる世代の芸人が厳しくなるというよりは、今までテレビに出て来れなかった人、きちんとネタ見せをしないと理解してもらえないような人が出てこれるチャンスが生じ、そういう人を使って成立するような番組が出てくるだろうなとは思います。というか、そういうのを望むという感じかなあ。