むしろ、私の心の狭さ

「ゾミ夫」としては、ここの続き。

メディアやサッカーファンのひとたちが思っている以上にW杯どうのというのが人心に支持されていない=「同調圧力うぜえスレッショルドを多くの場面で超えがちである
2006年06月18日 サッカーとか同調圧力とか


なるほど。私の表現としては、「うぜえと思っている人もそうでない人も、それほど深刻に考えてないから、発言できる」ってことになるかな。
逆に言うと、私自身が「大勢の人たちがものすごく盛り上がっていて自分がそうでもない場合、どう対処するか」を必要以上に気にしているということになるかもしれないですね。


実はサッカーとは何の関係もないところで、さまざまな価値観を持つ人たちの中でどうそれにつきあっていくか、というのが自分としてはけっこう深刻なテーマかもしれない、と今思った。
で、私は「人がたいせつに思っていることにチャチャを入れない」ということを、(相手と約束したわけでもないのに)一種のバーター取引だと思っていて、「おれはあんたの大事に思っていることを茶化さないから、変わりにあんたもおれを茶化さないでくれ」ということを、
いろんなことにつっこみまくっているわりには無意識に思っているんですよ(笑)。


んだから自分にとっての「愛のあるツッコミ」の重要性というのは、「だからあんた(世間一般)も自分に対して愛をもってつっこんでください」ということなんだな、と自分で思いましたけどね。


もちろん、そんなことはだれも思ってくれないのだった。