萌えと娘。

http://d.hatena.ne.jp/eal/20060724#1153712222


どうもです。
五期メン加入に伴う娘。の方向性、という部分ですが、コレは私より詳しい人がたくさんいるでしょうし、私、五期メンのステージでの成長過程はまったく知らないんです。そのうえで書いてみます。あとたぶんに想像&妄想も含まれます。


まず五期メンバーを選んだ段階では、娘。がカッコいい方向に行くのか、かわいい方向/萌え路線に行くのかはまだ定まっていなかったと思います。
というか、ネット上ではそれまでのファンから「カッコいい路線」に行くのを渇望する声がすごく大きかった印象がある。
それまでは女性のファンって今よりも多かった気がします。印象にすぎませんが。


でですね、五期が入ってからもカッコいい路線の曲、あるんですよね。「ウィアラ」とか。他にもいろいろ。
記憶たぐってて曖昧ですが、露骨なセクシー路線と萌え路線で行くようになって、古参ファンでは離れた人も多い気がします(カントリーの「色っぽい女」とかシャッフルの「壊れない愛がほしいの」とか)。
「萌え路線」でいちばん露骨だったのは、確かに「紺野をイメージしてつくった」と言われる「涙が止まらない放課後」ですかね。


(あと、印象としてはまず萌え路線に行けないであろう保田が卒業したことがイメージとしては大きいと思う。
これも想像にすぎませんが、保田の後を次ぐ子が出なかったことは女性ファンを減らしたと思います。
かわいい子はカッコいいことをやってもかわいくなっちゃうんで、保田の卒業っていうのは極端な言い方をすれば歌と踊りのみで見せていく存在をハロプロから抹消しちゃったということだと思うんで。)


でも、「涙が止まらない放課後」のときすでに六期は加入してるんですよね。
「シャボン玉」ではっちゃけたことをやろうとしていた形跡もあるし。
だから私の印象としては、紺野が萌え路線を決定づけたというよりは、六期が選考された段階で萌え路線が決定されたという感じです。


あとはベリ工もキッズもほぼ完全美少女路線ですから、後からハロプロの「萌え的要素」をどんどん補強していくんですね。


で、モーニング娘。って面白いのは、後から決められたコンセプトに、それまでに入ってきた人が対応できるかどうか、っていうのがある。
なっちや矢口がすごいのは、まだ娘。が海のものとも山のものともつかなかった頃から、与えられたコンセプトをその都度こなしてきたということですね。
矢口だって入ったときにミニモニ。をやらされるとは想像もついてなかったでしょうし。


それでもって、確かに紺野が萌え路線を決定づけた可能性は大きいですけど、私としては六期の加入によって、さかのぼって五期の萌え性が再確認された、という印象なんですよね。
えー自分で書いててややこしいですが、紺野の萌え性の発露というのは六期メン参加によって、強く顕在化したという印象だということです。
それは他の人たちもそうで、私の印象としては石川、後藤なんかもそんな印象です。松浦は独自の道を歩み、辻加護もそうでしたけど。


五期選考の頃には、小川は保田系というか「カッコいい系専門」枠としてとられてたと思うんですよ。
どっちかというと中性的な魅力というか。
だから、グループ全体が萌え路線に行ってしまったとき、すごい不利な状況になってしまったとは思います。
小川個人のことで言えば、1年くらいはトークなどでハジケられなかったのも惜しかったですし……。


あと加入当時のガキさんはちょっとわかんない(すいません)ですが、五期全体のイメージをよくも悪くも決定したのは高橋で。
高橋は歌もダンスもイケてなおかつかわいい子だったですが、いかんせん主張がわかりづらかった。
これが「下克上で行きます!」とか断言してたりしたら、アサヤンからのファンなんかは喜んだと思うんですがそうでもなかったし、
かといって道重的美少女ギミックを備えた子でもなかったから、
……まあむずかしいですけど萌え/非萌えで言ったらはからずもその中間というか中途半端な役割を引き受けてしまったなあ、と。


いや私は高橋は好きですよ。それに過去のことを言ってもしょうがないですけど、
娘。の魅力がメンバー間の関係性の妙だとしたら、もし高橋に紺野との対比的なキャラが強く備わっていたら、
まあ歴史も(紺野の歴史も)変わっていたかなと考えてもしょうがない極致のことを考えてみたりするわけです。


なお「カップリング」などの問題については確かにむずかしいのでまたいつか。