忘れられてる?石森章太郎

この間の飲み会のときに、二十代後半から三十代前半の人たちがすでに石森章太郎について何のなじみも思い入れもない感じだったので軽いショックを受ける。
かつて「王様石森、神様手塚」と言われた人がですよ。忘れ去られているなあと。
ですんで、擁護的なテキストを書いてみたいと思います。


個人的には石森章太郎の全盛期は1970年か71年あたりまでで、それ以降、絵柄が劇画調に変わります。
たいがい「HOTEL」しか知らないという人が多いみたいですが、まあむちゃくちゃおおざっぱに言ってその頃から「HOTEL」みたいな絵柄になります。
その後、80年代半ばくらいまで(「少年サンデー」でサイボーグ009をやっていた頃くらいまで)も、決してつまらなくはないんですが、その前にまず60年代から70年代の石森章太郎のスゴっぷりを再評価しないといけません。
しかも、オタク的観点で重視され、今なお記憶されているメディアミックスやキャラクタービジネスへの参入みたいな部分ではなく、純粋なマンガ、作品論的観点から。


70年代半ばくらいまでの石森章太郎のマンガ史的な役割というのは、ひと言で言って手塚治虫的方法論の発展的継承だと思います。
手塚というオリジネイター(まあ、最近は手塚治虫をあまりにオリジナル視するのは流行りじゃないみたいですが)のやっていることの半歩先を読んでみたい、と感じた読者層へのアピール、だと言い切ってしまおう。リアルタイムを知らないけど。


コマの展開だとか映画的手法だとか、アイマイな言い方で申し訳ないがそういう、手塚治虫がやってきたことをもっと大胆にやってたのが石森章太郎だったし、
手塚的方法の「セクシャルな女の子」を発展させたのも石森章太郎だった。
表現技法としては「ファンタジーワールド ジュン」という実験マンガで、まあひどい言い方をすればアート寄りの嫌味の極北みたいなところに行ってしまうのだが、


ああいう嫌味さというか手塚治虫がせいぜい「火の鳥」くらいでギリで「まんが」としてまるめていたところを、その先へ行ったしまった勇み足的な部分がないと、石森章太郎とは言えないです。
(「サイボーグ009」で、どう考えたって続きが描けそうにない「天使編」なんてのをブチ上げたのも、そんな「勇み足」的な部分だと思える。)


まあ、ガロとか「ジュン」が連載されていた「COM」とかにアート系のマンガというのはたくさん載っていたけど、石森章太郎の場合、手塚直系のエンタテインメント路線から発展していったところに意味がある。


手塚的方法の「セクシャルな女の子」を発展させた、という観点から言えばそれはキャラ造形とかそういうことだけではない。だれかが指摘していたことだけど60年代から70年代にあって、「思春期」のロマンチシズムというかセンチメンタリズムを描けたのが石森章太郎だったということ。
「ロマンチック」というのがミソなんですよ。


ずいぶん後の話だが手塚治虫の「アドルフに告ぐ」の中で、男の子が初めてある女の子を好きになって夢精してしまい、寮の炊事場かなんかでパンツ洗ってるシーンが出てくるけど、手塚治虫が思春期を描いたらたいがいそうなっちゃうんですよ。
石森章太郎はそこら辺をもうちょっとロマンチックに描くんだよね。
だから、自分の記憶では少年マンガ史的に初めて「意識的にかわいい女の子を描こう」としたのは石森章太郎なんじゃないかというところもあって、それはそういう描き方によるところが大きいし、
手塚治虫藤子不二雄もかわいい女の子は描くけど、
60年代に一枚絵でかわいい女の子を描けたか、というと、
それは石森章太郎しかいなかったと思う。


実際はどうかわからんけど、60年代にバーンと1枚絵で女の子だけ描いてそれで表紙として成立するかどうかという話で、
それができたのは石森だけだったのでは、と。


そういうのはアレですわ、「009ノ1」とか「ワイルドキャット」とかの青年向けお色気路線に行くわけじゃないですか。
だから現状のオタク的美少女絵の、私は元祖だと思うんですよね。石森章太郎は。


手塚治虫だとどうしても、まだ女の子を描いても記号的というかね。石森だと「009ノ1」でめちゃくちゃなファッションとか描くんだけど、それは「服」を「服」として個別に認識していたということで、
手塚治虫藤子不二雄だと、スカートとかワンピース描いてもぜんぶ同じになっちゃうみたいな。
そこが違うと思うんですよ。


それで、石森章太郎のやってきたことっていうのは、手塚的方法の発展だったから、
マンガ史とかオタク史みたいのをひもといていくと、石森を知らなくても手塚治虫に回帰すればみんな語れてしまうようなところはある。
正しいたとえかどうかわからんけど、
ガンダム」と「エヴァンゲリオン」があったとすると、間の「ダグラム」とか「ボトムズ」はちょっと抜け落ちる部分があるでしょう。
イデオン」はトミノだから通史に入っても、「ボトムズ」は意外と入らないみたいな。


でも、当時の感覚からするとファーストガンダムに熱狂したファンは、イデオンまで行っちゃうとお話が超未来になりすぎて物足りない部分があって、
やっぱりガンダムの魅力のひとつってザクの銃器だったりしたわけだから、
「こういうのもっと観たい!」という要請に応えたのって間違いなく「ダグラム」とか「ボトムズ」なんだけど、
でも繰り返し語られるのは「ガンダム」だっていうね。
人気のレベルとしてはタレントが「自分はガンダム大好きです」ってテレビで言えるけど、
ダグラム好きです」なんて深夜でもアピールにはならないわけで、


現状の(マンガ家としての)石森章太郎の立場っていうのはそこら辺に対応しているのかなと。


でも、「マンガブーム」と言われた60年代にあって、
当時の時代の雰囲気を感じ取るには石森章太郎はぜったいにはずせないと思います。


それと、石森章太郎の才能を表現するのに適切かどうかはわからないけど、
「新人は絵柄が手塚に似てないと売れない」っていう時期があったらしく、今振り返ると手塚っぽい絵柄の人ってたくさんいたんですよね。
その中で、石森章太郎だけが「手塚っぽさ」を継承しつつ新しい絵柄への可能性を開いたみたいな。
当然、新人の頃は手塚っぽいんだけど、
その後は手塚っぽさを継承してるんだけど、どんなにうっかり者でも手塚と石森の絵柄を間違うことはぜったいにないというような。そんなところに行くと思います。


ま、そんな感じです。