セレブ令嬢誘拐の件

「セレブ令嬢」ってなんだ、重ね言葉じゃないのかと一瞬思ったが、
昔は「深窓の令嬢」という言葉があったんだな。
他にもかつて「元気が出るテレビ」で「お嬢様」を紹介してその金持ちぶりにただただ驚くというコーナーがあったが、
「セレブ」という言葉が流行る前は、金持ちってのは人前に出ようが出まいがどっちゃでもいい、むしろ出ない方が価値がある、といった存在だった。


では「セレブ」という言葉がいつ頃から流行りだしたか考えてみると、
叶姉妹」だの「神田うの」だのといった、「なんかのパーティや試写会などに必ず顔を出していそうな、何をやってるのかわからない、あるいは自分ではファッション関係の店をやってるとかアクセサリーのデザインをしているとか言っているけど基本的には『ごきげんよう』にも出そうな人」
が出始めてから。
要するに、「元気が出るテレビ」の頃よりもより大衆化したかたちでの「金持ち」、「ゴージャス」がアピールされるようになってからである。


いつだったか山田五郎が言ってた話で、ものすごく面白かったのが、
「ブランド品」っていうのは、大金持ち相手に商売ができなくなったから大衆化したもなんだと。
山田五郎が言っていたことだから、本当にそうかどうかは知らない)
ただ、完全に大衆化してしまってはその価値を失うという矛盾した存在なんだと。


そういう意味では、叶姉妹を真の意味でのセレブだと思っている人はもはやだれもいないとは思うが、
「デーモン木暮閣下」みたいなところに「キャラ化」したところにソフトランディングした印象である。
もはや、叶姉妹が町内当番のどぶさらいをしようが、
松屋でビビン丼を食べようが、
彼女たちの価値はひとつも落ちないであろう。


閑話休題
セレブ令嬢誘拐事件であらためて思ったのは、
インターネット時代の「そういうことを言っていい人と悪い人」という立場の問題である。


ぶっちゃけた話、今回の事件で、大事にならなかったことにホッとしつつも「なにこの人たちの金持ちぶり、派手ぶり。ふざけんじゃねー」
と思った人は少なくないだろう。
たとえば家庭で、学校で、会社でそういう会話がなされていても不思議ではない。
それに、別にそんなフランクすぎる会話が、そうした場で語られていても、よほどの聖人君子でもなければとがめる人も……まあいまい。


しかし、たとえば娘さんを誘拐されそうになった経験がある家庭などでは、過去のイヤな記憶が蘇ってくるのでそういう会話もしないだろう。
どちらも閉鎖された系の中ではある話だし、それが当たり前のことだった。


だが、「本音の時代」と言われて久しい時代、なおかつインターネットでだれもがおおやけにモノが言える時代になると状況が変わってくる。
よくネットは「便所の落書き」と言われるけどそうじゃないんだな。
そうじゃなくて、「仲間うちの会話を、外に出す」ということなんだなと思った。


だから、ネットで知らない人のブログの書き込みで「あんな派手金持ち、誘拐されていいクスリだよ」みたいに書かれていた場合、
何とも言えぬ複雑な気持ちになるのは、それが本来「閉じた系」の中でのみ流通する言葉だからである。
「本音の時代」と書いたが、
「本音で勝負の文化人、タレント」というのは、この「閉じた世界」の話を外へ向かって開示することで、受け手との共犯関係をつくっていると言えるし、それがまた珍しくも何ともない時代だ。
たとえばたけしの発言が本気で嫌がられていた時代もあったわけだからして。


そうすると、ある程度発言力の大きい人々は、自分の知名度やファン層、アンチ層、あるいは「どの程度、会話を『開く』か」という取捨選択が必要になってくる。
いやそんなのは当たり前だと思われるかもしれないが、一億層コメンテーター時代、または生半可な毒舌ならアイドルでも言う時代、
その辺のことが今回の件でかなり浮き彫りになった感じはするのである。


何が言いたいかというと、
「本音」のレベル調節というのが、送り手にも受け手にも必要で、
たとえば村崎百郎だったら誘拐されたセレブ親子に対してボロカスに言っても、それは許されるが、
そうでない人はマズいだろうということ。


「本来日本人にあった奥ゆかしさが現在は失われている。今回、もちろん犯人も悪いが美容整形という虚飾によって、金持ちとなって虚名を売った人が誘拐されるという『虚飾の時代』が浮き彫りになった」(大意)
って言ったのはだれかというと、「やじうまワイド」での大谷昭宏なんだよね。


ここ2、3日、テレビに出る人はみんな腹の底ではそういうふうに思っていたけど、口には出さなかったわけですよ(わからんけどね。テリー伊藤くらいは言っているかもしれないが)。
それを、大谷昭宏の立場で、やじうまの時間帯に言っちゃイカンでしょう。それこそ「空気読め」っていう話ですよ。
まあこの人の場合、今に始まったことじゃないし、
ワイドショーのコメントって、流されること前提でしゃべってる風があってテキトー言っている人は他にもたくさんいるけどね。
しかしこのネット時代にあって、テキトー発言は案外流されてるよな。


コメントする方も、笑いもとれない「ただ言うだけ」のことだけ言って虚しくならんのか。それこそ「砂漠に水をまくような仕事」というのだと思うが、砂漠に水をまく仕事はきっと儲かるに違いない。