「ドラえもん」最終話

「ドラえもん」勝手に最終話・漫画化し販売、男性が謝罪
あれえ、おかしいなあ。何ヶ月か前に、これとまったく同じニュースを聞いた気がするが……。あのときは「小学館が文句を言った」とか、そこまでだったんだろうか。
報道ステーションでこっぴどくやってた、っていうから一瞬何だと思ったら、テレビ朝日だからか。
「書店におろしてたのが問題だったのでは」っていう意見もブログで読んだけど、「書店」って「とらのあな」みたいな同人コーナーがある書店でしょ? ならそれは他のアニパロ作品もさんざんやってることだよなあ。


やっぱり、私は部数が多すぎたのだと思ってます。1万部以上はちょっと……。ただし、「売れてる同人誌」の「平均部数」を知らないから、「1万」という部数が当たり前なのか、多すぎるのかは「相場」としては私の知識不足で知りません。
ただ出版業界からすれば、1万部以下の商業誌も山ほどあるわけで、パロディで1万以上刷っちゃうと「なんだこのヤロー」って気持ちは出てくるでしょうね。しかも「ドラえもん」だから。大勢がそれのおかげで喰ってるコンテンツだからね。


で、自分のスタンスとしては、アニパロというのはあくまでも「お代官さまぁ、これくらいはお目こぼししてくだせぇ」っつって、「描かせていただく」というものだと思っている。
しかし、たとえばあらかじめアニメ会社とか出版社に許諾を得てパロディをやろう、という意見もむかーし見たことあるんだけど、
それはパロディの理念的におかしいとも思うんですよ。
「アニパロ」っていうのは、ファン活動とそうでないののグレー的なところが面白いんだから。
許諾を得てやったら、オリジナルを持ち上げるものばかりになって面白くなくなっちゃう。
確かに「対象に愛があるかどうか」は大切な場合もあるが、
「じゃあ愛がなくちゃやっちゃいけないんですか?」という問題が出てくる。


まあそのように、コミケで売られてるようなパロディの面白さってのは「描かせていただく」っていう態度と、「でも最後の最後の最後にはどうなるかわからないよ?」っていうパロディ作者の自律性とのモヤモヤした緊張関係であると思うわけで、
「1万三千部」というのは、その「モヤモヤ」を「金のためか? もしかして?」って疑わせてしまうだけの部数ではあったと思う。


しかし、小学館が良心的かというとそれも疑わしい。
現に、むかしポケモン同人誌で見せしめみたいにして200部の同人やってた子を訴えたりしてるし、
書影とかにもうるさいんだよね確か。いくら好意的な書評だって、書影を無断で掲載すれば著作権法違反になっちゃうんでしょ?
そもそも「書影の掲載」って、文中カットの引用ですらないわけだから。


今後どうなるのかなあ……。自分にはちょっとわかりませんね。
ただ、小学館に限らないけどキャラクター管理が最近うるさいのは、出版不況と無縁ではないのでは? という気もするんだけど。
違うかもしれないけどね。でもなんか「本が売れないから取れるところから取ってやれ」っていう雰囲気を感じる。
むかしはどんぶり勘定でガッハッハって儲けてたんでしょ。30年くらい前はさ。


パロディ方面の同人文化は、ちょっと締め付けを厳しくすればあっという間に消えてしまうんじゃないかと思う。
それについてどうしたらいいかは、自分はわからないなあ。