ししとうさん

不登校となった「私」は、更正施設「いちごの森」へ入ることになった。
不登校の原因は、なんかボスみたいなやつがいるのでウザかったからだが、この更正施設「いちごの森」にも、ボスみたいなやつがいた。
同じことだった。
しかも全寮制なので逃げることもできない。
「いちごの森」のボスの名は「ししとうさん」と言われている男で、
体重200キロ以上。
学校ではいじめられていたそうだが、
ここでは王である。


なにしろ、だだをこねて両手を振り回しているだけでそこらのものが破壊されてしまうのだ。


ししとうさん」はししとうが大好物。
いつも、三度の食事に、ボール一杯のししとうが付いていて、
それを手づかみで貪り食う。
もっとも、だれもししとうなんかそんなにたくさん食べたくないので、うらやましいとも思っていなかったが。


ししとうさんは、あまりしゃべらない。
ときどき「うがーっ!!」とか言うと、
二人の子分がいろいろとやってくれる。


しかし、ししとうさんにも自由が束縛されている部分はある。
彼は、長さ5メートルの鎖で、足をつながれている。


この「5メートル」という微妙な長さがポイントである。
要するに、施設側もししとうさんの暴力によって施設内の平和が保たれることを、必要悪だと思っている。
だから「ししとうさん」の行動半径5メートルでは、生徒たちのケンカなども起こらない。
ししとうさんの前でケンカをすれば、張り手でぶっとばされてしまうからだ。


しかも、見取り図を見るとわかるがししとうさんの手の届かない、半径5メートルより外の部分は先生たちのいる職員室や自室などで、他の生徒たちはあまり行かないところである。
つまり、半径5メートルの行動範囲でも、ししとうさんのにらみは効いていたのであった。


ある日、異変は起こった。
新しく「いちごの森」にやってきた男性教師・須藤じん一郎。
海外の大学院まで出ており、レスリングのオリンピック候補にもなったというエリートである。
しかし、生徒たちを徹底的に上から見たいけすかないやつだった。


じん一郎は、わざとししとうさんの手の届かない、5メートル30センチくらいのところに立ち、彼を挑発しまくった。
「どおしたあ、そんなことでは私の身体に触れることもできないぞお」


じん一郎が挑発しまくったあげく、メリメリっと音がして、ししとうさんの足の鎖の先端が埋め込まれている壁が引っこ抜かれてしまった。
自由の身になったししとうさんは、じん一郎にそのまま突進、
じん一郎は職員用トイレの柱とししとうさんの下敷きになって即死した。


ししとうさんは外に出た。


真っ赤な夕焼けがあった。


しかし、外には何もなかった。
すべて廃墟だった。
人類はこの「いちごの森」以外、なぜか滅亡していた。
ししとうさんは泣いた。ゴリラみたいなうなり声をあげて泣いていた。


いそいで「いちごの森」の施設内に引き返すと、
「私」たち、生徒全員をつかんでは投げ、つかんでは投げ、した。
みんな地面や壁に叩きつけられて、体内の部品をぶちまけた。
「私」も含め、全員ロボットだった。


「いちごの森」の地下には、人間であるししとうさんが30年は生き延びられる食料が備蓄してあった。
地下には、「私」のように外見が人間の姿をしていない、
金属的なロボットが立ち働いていた。
ししとうさんはそいつらも破壊した。


地下室の床にはフタがあり、それを開けると地下室のさらに下にまた地下室があった。
ししとうさんが巨体を苦労して穴の中に入れると、
地下室のさらに下には広大なししとう畑があり、
しかしぜんぶ枯れていた。


それを見たししとうさんは、ショックで死んだ。